霧の街の客人1 作家:桃の木 2015年09月09日 0 桃ノ木です!今回は稲見晶さんからコラボ小説を頂きましたので、そのご紹介です!素敵なお話を頂いてしまい、本当にありがとうございます!表紙は私が描かせて頂きました〜♪(※稲見さんちのお二人のビジュアルは桃ノ木の想像で確定ビジュアルではありません)内容としては、うちのダグラスとキアイラの住む19世紀ロンドンへ、異世界の住人稲見さんちのロザリー様とイラちゃんが遊びに来るといったお話です♪pixivノベル版はこちら〜稲見さんの吸血鬼×メイド作品〜『永いメイドの手記』はこちらコラボは短編読み切りの小説ですが、ブログでご紹介するのは少し長い為、分割して掲載させて頂きます!以下、本編霧の街の客人19世紀、ロンドン。その短い夏も盛りを越えた頃に、メトカーフ家に一通の手紙が舞い 込んだ。 屋敷の主人、ダグラス・メトカーフは葉巻をふかしながらその文面を読む。 「......ふむ」便箋を机に置き、ベルを鳴らす。 「お呼びですか、ご主人!」 元気よく——よすぎるほどの——足音を立てて入ってきたのはメイドの少女、キアイラ。 「......ああ。一月ほど後に、この屋敷に客人を招く。それまでにメイドとして恥ずかしく ない振る舞いを身に付けておけ」「やだなあ、ご主人。もう身に付いてるじゃないですか!」 胸を張って答えるキアイラに、ダグラスは紫煙とともに深いため息を吐き出した。 「どこがだ?」 彼は一つひとつキアイラの言動を指摘していく。「まず、騒々しく足音を立てるな。掃除をきちんとしろ。どうでもいいことでわーわー騒 ぐな。それから——」 「はいはいはい、わかりましたからご主人! お客さんが来るまでに直します!」 「主人の話を遮るな!」 叱りつけてから、ダグラスはふたたび煙を吐き出す。 「......向こうもメイドを連れてくるそうだ」 その言葉にへえっとキアイラが首をかしげる。 「......わかるな? くれぐれも私に恥をかかせるなよ」 ダグラスの鋭い目つきにもひるまずに、キアイラは明るく「わかりました!」と返事を した。「ところで、こんど来るお客様ってどんな人なんですか?」 キアイラはことあるごとにダグラスに尋ねた。 「そうだな、今のところは手紙のやり取りしかしていないが......。名前はロザリー=エイン ズワース。私と同じく吸血鬼で、普段は、なんと言うべきか、私達とは別の世界に生きて いるらしい」 「へえー。女の人なんですか?」「だろうな。調香師をしているそうだ」 ダグラスは手紙に記された細い筆跡を見ながら伝える。 「ちょーこーし?」 「香水を作っているらしい。私も詳しくは知らんが」 ロザリーという名前の印象とその情報から、キアイラは姿を想像しようと首をひねった。 「......もういいだろう。仕事に戻れ」 「はーい」従者トマスとの間でも、時空を超えた客人のことは話題に上った。 「調香師の女主人か。美人だといいな」 「キアイラさんが聞いたらすねるでしょうね」 苦笑いを浮かべて答えるトマス。ダグラスは葉巻を軽く振った。 「どうしてあいつのことなんか気にしてやる必要がある?」 「いいえ、別に」トマスは少し肩をすくめた。まったく、この主人はいつだって素直じゃない。客を迎える日も近づき、キアイラは念入りに屋敷の掃除をしていた。「こんど来るメイドってどんな人なんだろ?」 厳しそうな人だったらやだな、と考えてしまい、あわてて首をふる。 「えーっと、マントルピースの小物も拭いて、と」布で挟み込むようにして絵皿を手にとる。そのまま埃を拭き取ろうとしたとき、手が滑 った。 床に落ちてあえなく皿が砕ける音とキアイラの悲鳴が重なる。 「どうした!?」ダグラスが扉を開けて姿を見せる。床に落ちた破片を一瞥して状況を察した。 「お前......」 「え、えーと、これはわざとじゃなくて! お客さんが来る前に拭いておこうかなって思 ったら、ついつるっと!」「......片付けておけよ」 舌打ちをしてダグラスは自室へともどった。結局ダグラスの不安は拭えないまま、約束の日が訪れた。「......エインズワースが来たら呼べ」余計なことはするんじゃないぞ、とキアイラに言い含め、ダグラスは書斎へと向かった。 キアイラは屋敷を見渡し、最後にトマスの顔を見上げた。 「トマスさん、私は何をしてれば...…」 「そうですねえ......」この状況で必要な仕事は、と考え、トマスは彼女に告げた。 「それでは、お出しする食材を確認していてもらえますか? もし足りないものがあって も、今ならまだなんとか買い足せるでしょう」 「わかりました!」キアイラは食料庫へ駆けていく。 「......さて、私は食器でも磨いていましょうかね」その背中を見送ってトマスはつぶやいた。昼過ぎに屋敷のノッカーが鳴った。「はい、ただいま」 トマスが扉を開けると、黒く丈の長いマントに身を包んだ男性と、対照的に白のサテン のドレスで着飾った女性が立っていた。 高い襟に膨らんだ袖、たっぷりとした布地はこの辺りでは見ないもので、別の世界から の客だとすぐに知れた。 「メトカーフの屋敷はここかい? ロザリー=エインズワースだ」 黒い男性が告げる。その言い方にトマスは気づかれないほどかすかに眉を上げた。むこ うでは従者もこのように恭しくない物言いをするものなのだろうか。後ろの女性は男性の背になかば隠れながらも、はにかみがちな笑みを浮かべている。 これはまた、ずいぶんと若く見える。外見から年齢を推し量るのは無駄なことと知りな がらも、そう思わずにはいられなかった。「ええ、お待ちしておりました。ただ、メイドをお連れになるとうかがっていたのですが ...…?」 トマスはそれらの思いを押し隠し、この二人のほかに人影はないことを確かめる。 「ああ、彼女だよ」 男性は白いドレスを着た女性を示した。目を円くしていると、彼女は「イラと申します」 と軽くお辞儀をした。「それでは、ええと、ロザリー=エインズワース様はどちらに......」 さすがに戸惑いを隠せずに尋ねる。黒いマントの男性がおかしそうに笑った。「君の目の前だよ。私がエインズワース家当主、ロザリー=エインズワースだ」予想以上の風変わりな客人に、ダグラスもはじめのうちはただ彼らを見るばかりだった。 「女の人じゃなくて残念でしたね、ご主人」 こそっとささやくキアイラを「うるさい」と突き放す。紅茶のカップを片手に、こほん と咳払いをひとつ。「その......、そちらではメイドにそんな格好をさせるのが一般的なのか?」ダグラスから視線を向けられて、イラは少し居心地悪そうに目を伏せた。 「いや、普段はその子のような服装だよ。色は白黒ばかりではないけれどね。今日はせっ かく招待を受けるのだから、きれいなドレスを着せてやらなければと思ってね。可愛いだ ろう?」臆面もなく自慢するロザリーに、イラの頬が赤くなった。 「そ、そうか」 ダグラスはなんと答えるべきかわからず、カップを口に運んだ。私と彼とでは、メイド に対する接し方がずいぶんと違うようだ。「あの、このお菓子を作ったのはあのメイドの方ですか?」「さあ、私は関知していないが、......なにか?」 キアイラが何かやらかしただろうか、とひやひやしながらもダグラスは努めて冷静を装 った。 イラが笑って答える。「あの、とてもおいしいので作りかたを教えていただければと思ったのです ダグラスはひとまず胸をなで下ろした。 「そうか。ならあとで彼女に直接聞いてみてくれ」 「はい!」 彼女につられるように、ダグラスもそのビスケットを口にする。さっくりした歯ざわり と、甘いバターの風味。なるほど、失敗はしていないな。 「お茶にまで砂糖を用意してもらえるとはね。これほどの手厚いもてなしをいただいて、 感謝するよ」 ロザリーの言葉に「そのくらい、大したことではないだろう」と言いかけ、ふと気づい た。彼らの格好を見るに、向こうではまだ砂糖は貴重品の類だったのだろう。 「この辺りでは砂糖は手軽に手に入るものだ。気にしないでくれ」 ロザリーは「そうなのかい?」と少し目を見張った。お茶とお菓子を囲み、来客、とりわけイラの緊張もほぐれてきたようだ。 「......おかわりでも?」 「あ、ありがとうございます」 澄んだ橙赤の水色を持つ紅茶が注がれる。イラは慎重にそこに砂糖を入れた。そろそろ少し踏み込んだ話もできるかもしれない。そう考えてダグラスは切り出した。 「そちらでは吸血鬼の存在はどうなっているんだ? やはり正体は隠しているのか?」 ロザリーは口元に穏やかな笑みを浮かべたまま答えない。さすがにいきなり無躾なこと を聞いてしまったか。一度謝っておこうかと「ロザリー」と呼んだ。 ダグラスの声にロザリーははっと顔を向ける。 「ああ、すまない。イラが可愛くてつい上の空になっていた」「...…そうか」 思わずダグラスの口から呆れ声が漏れた。 「ロザリー様......」 イラもカップを置いて少し困ったように言う。この吸血鬼とまともに話をするにはどうすればよいだろうか。ダグラスは少し思案した。 「...…キアイラ」 「はーい」 やや間延びした声をあげて、ててっと彼のメイドが近づいてくる。「彼女に街を見せてやったらどうだ。女同士、色々と話もしやすいだろう」「わっ、私がですか!?」驚く顔を隠そうともしない。彼らが来ることが決まってから何度となく「落ちつけ」と 注意していたというのに。 「ああ。......イラ、といったか」 ダグラスの呼び掛けに「はい」とイラは首をかしげる。 「勝手に決めてすまないが、よければ街でも見て行ってくれ。退屈はしないはずだ。...... このままでは彼とろくに話もできそうにないからな」最後の言葉に「ええ、そうですね」とイラは苦笑する。そう決まりかけたものの、ロザリーは渋い顔をした。「大丈夫かい、危なくはないかい?」 「キアイラが普段ひとりで出歩いているんだ。問題ないだろう」 「ええ、ロザリー様。キアイラさんもご一緒してくださるそうですし、ご心配なさること などございません」 イラの言葉に思わず「いや、それはどうだか......」と言いかけたダグラスだったが、うまく飲み込んだ。結局はほとんどイラがロザリーを説得し、メイドふたりは街を見て回ることとなった。 「その格好だと目立つだろう。質素なもので悪いが、キアイラの服でも借りてくれ」 「はい、キアイラさん、お願いしてもいいですか?」 キアイラはイラを自室へ案内した。ドレスにエプロン、キャップを一式取り出す。 「着かたはわかりますか?」 「え、ええと、たぶん...…」 イラは自信なさげにドレスを脱ぎ、肌着姿になる。キアイラは手伝おうとその後ろに近 づいた。「......ほわー」 気づけば思わず吐息まじりの声が漏れていた。 「......どうかしましたか?」 「あっ、すみません! なんだかいい匂いがしたのでつい!」 イラは目を円くしたあと、くすくすと笑った。「香水ですね。ライラックの香りなんです」 「ライラックの?」 「ええ、ロザリー様が作ってくださって」 付けてるのは髪かしら、それとも首や肩のあたり? キアイラはくんくんと甘い香りを たどろうとした。 「あ、あの、キアイラさん? そんなに近づかれると、少し、恥ずかしいです......」 「わわっ、ごめんなさい!」 いつのまにかイラにキスでもするような近さになっていた。キアイラはあわてて後ずさ る。 「ええと、貸していただけるのはこちらでしたね」 気恥ずかしさをごまかすようにイラがドレスを手にした。 「はい!」ドレス、エプロンを身に着け、キャップをかぶる。当世風のメイドが屋敷にひとり増えた。ヴィクトリアンメイドの格好をしたイラに、ロザリーはまさしく目を輝かせた。「イラ、やはりその格好も可愛らしいね。あちらに帰ってから同じものを作らせようか」 「お、落ちついてくださいませ、ロザリー様」 ダグラスはもはやあきらめてその様子を見ている。そんな彼を呼ぶ声があった。 「ご主人、ご主人」「...…なんだ」 キアイラはドレスのすそを少しつまんで彼を見上げる。「私はどうですか? 似合います?」 少し首をかしげるキアイラに冷ややかな視線が向けられた。 「どうして今さらそんなことを言ってやらなければならないんだ?」 「だって、イラさんが褒められてるから、いいなーって思って」 ダグラスはちらりと視線を走らせて、口を開いた。 「ああ、似合う似合う」 「......そうですか? えへへー、ありがとうございます」 あまり心のこもっていない言葉にも、キアイラは顔をほころばせた。ダグラスはその反応に少しばかり面食らう。ほめられちゃった、とはしゃぐキアイラをよそに、ダグラスはロザリーの様子を見る。 彼は飽きずにイラを褒めそやしていた。 あいつ、ここが人の屋敷だと忘れているんじゃないだろうな。咳払いをしてみたところ、 こちらを向いたのはロザリーよりイラの方が早かった。「あまり遅くなってもよくないだろう。準備ができたのなら早く出たほうがいい」「は、はい。それではロザリー様、行って参ります」お辞儀をするイラに、「君はここにいたらどうだい」とロザリーは不満げな顔を見せる。 「お前を喜ばせるために彼女に服を貸しているわけじゃないぞ」 忍耐力を使ってダグラスは声を抑えた。「帰ったら街の様子をお伝えいたしますね」「......ああ、気をつけて行っておいで」 「キアイラさん、お待たせしてしまってごめんなさい」とイラがキアイラへ近づく。それを追うようにロザリーの灰色の目もキアイラの姿をとらえた。「キアイラ、といったね」 穏やかな声に「はい!」と答える。「すまないけれど、くれぐれもイラをよろしく頼むよ。彼女はただの町ですらほとんど知 らずに育ったからね。どうか目を離さないでやっておくれ」威圧感すら伴った懇願にキアイラは「は、はい......」と答えるほかなかった。「約束してくれるね」 最後にロザリーはそう念を押した。 これでイラさんに何かあったら、どうなるんだろう。あまり想像したくない類の想像を してしまい、キアイラはふと不安になった。「それでは行ってらっしゃい。帰りは少々遅くなっても構いませんよ」 トマスに送り出されて、キアイラとイラは屋敷を出た。 とりあえず大通りに行ってみるのがいいかしら、とキアイラは足を進める。「それじゃあどこに行きましょうか? 気になるものがあったらなんでも......」 ふと振り返るとイラの姿が見えない。さっそく迷子なんて、と慌てて彼女を探す。 イラは馬車の往来に行く手を阻まれてあたふたしていた。どうやら道を渡り損ねたらし い。 「イ、イラさあーんっ!」 道を駆け戻って彼女と手をつなぐ。 「離しちゃダメですからね!」 イラはキアイラを見てほっとした顔を見せた。 「ええ、ありがとうございます」歩き出そうとしたとき、「......温かい手ですね」とイラがつぶやくのが聞こえた。「そうですか?」 首をかしげるキアイラに、「ええ」とイラは答える。 「......いつもは、私がふれるのはロザリー様の手だけですから、そう感じるのかもしれま せん」少し恥ずかしそうに発せられた言葉。 「イラさんとエインズワース様は、仲が良さそうでうらやましいです」キアイラは頬をふくらませる。「ご主人ったら、いつも怒ってばっかりなんですよ! 落ち着きを持てだとか、きちんと 掃除しろだとか、主人を敬えだとか......」 「それはきっと、キアイラさんに期待なさっているからですよ」 イラがくすくすと笑った。「そうですかー...…?」 日頃の様子を思い出して、キアイラはうーん、とうなった。 へ[0回]PR